建築家インタビュー

芦沢啓治がオパス有栖川のデザインに込めた、
Crafted Home の思想。
[ 芦沢啓治建築設計事務所:芦沢啓治 ]
[ カリモク家具株式会社:加藤洋 ]

R100 tokyo のテーマである「Crafted Home」の発案者が、建築家の芦沢啓治氏だ。彼が手がけたオパス有栖川の新しいコンセプトルームは、きめ細かい感性と卓越したクラフツマンシップによって、リノベーションの未知の可能性を切り拓く。多くの成果を上げてきたカリモク家具との協業もさらに進展し、ものづくりの社会的な意義を見つめ直す活動は多くの実りをもたらそうとしている。

左:加藤洋 右:芦沢啓治

2005年に設計事務所を設立して以来、芦沢啓治の活動は着々と高みを目指してきた。そのモットーは「正直なデザイン」。家具などのプロダクトからインテリア、住宅、そしてホテルなどの公共施設まで、使う人の感覚を大切にしながらデザインに向き合う姿勢は今や広く支持されている。R100 tokyo においても数々のリノベーションを手がけ、今年はデザインディレクターとして「Crafted Home」というコンセプトの作成を行なった。この言葉には、効率第一に進められがちだった従来の産業のあり方を脱し、住まいづくりをあらためて人間の側に取り戻そうという意思が込められている。

ケヤキの素材感がインテリアの基調に

そんな芦沢氏が、東京都港区にあるオパス有栖川の新しいコンセプトルームを担当した。この集合住宅で以前もリノベーションを手がけてきた彼だが、今回はその集大成とも言えるものだ。

「都市の真ん中にある住宅だからこそ、外から帰ってきてホッとできるホーム感が大切です。そのための落ち着きや静けさを意識したのは従来のオパス有栖川のリノベーションと変わりません。ただしそのための環境をつくる作業をいっそう慎重に行いました」と芦沢氏。室内の採光を重視して、明るさに対して気を配っていったという。

「北側に開口部があり、南側は中庭に面しているので、この部屋は柔らかい光で満たされる時間帯が長いんです。それを無理に明るい部屋にしようとすると落ち着きが失われてしまう。部屋の持ち味を生かすような色合いを取り入れようと考えました」

この部屋のデザインの基調をつくり出したのが、そんなプロセスを経て選ばれたケヤキだった。都市部では街路樹として多く目にするケヤキだが、日本の住空間が西洋化する前は多くの家具に用いられた広葉樹だ。建材としての歴史も古く、室町時代から寺社建築の土台や柱に用いられてきた。

ただし近年はケヤキの需要が減り、有効活用されていない現状がある。1940年の創業以来、愛知県で良質な木の家具をつくり続けるカリモク家具では、小径のヒノキの使用を以前から模索する中で、南洋材のチークのように塗装する手法を実現。オパス有栖川のコンセプトルームでも、こうして仕上げたケヤキが家具や建具の一部で使われている。カリモク家具の加藤洋副社長は、こう話す。

「もっと森林の生態系に寄り添って木材を使うには、ナラなどの木材を切り出す際に一緒に切り倒されるケヤキの活用は重要です。ある時、ケヤキの板を眺めていたら、その表情や木目がチークに近いことに気がつきました。そこで、チークのように塗装したものをデンマークから来日したデザイナーのノーム・アーキテクツに見せたら、チークだと思い込んだのです(笑)。デンマークのヴィンテージ家具によく使われている木材なので、これをノームや芦沢氏のような“腕のいいシェフ”に料理してもらおうと思いました」

ケヤキで空間を構成することをふまえ、デザインのディテールも決まっていったという。芦沢氏は話す。

「ケヤキだからといって、和の空間のように1枚板のテーブルをつくるわけではありません。この素材感にはしっとりした光のグラデーションが似合います。そんな光をもたらすために、テキスタイルのボリュームを増やしたソファをデザインし、明るめのトーンを心がけました。壁の左官の仕上げも同様に調整しています。シックで落ち着きのある空間ですが、同時に柔らかさを感じる。こうしたバランスをあらゆるところに取り入れています」

こうした感覚は、合理的に設計を進めるだけでは生かされないだろう。「Crafted Home」の思想が、こんなところにも表れている。

次の時代にふさわしい価値をもつ住まい

人が長い時間を心地よく過ごすための空間構成も、このコンセプトルームの特徴だ。壁の位置や家具のレイアウトは、数々の住宅を設計してきた芦沢氏の経験を感じさせる。

「リビングスペースとダイニングスペースがまっすぐ平行に位置していたり、ダイニングをしっかり受け止める壁があったり、そういうことで空間がしっかりと決まる。家具も凛として見えてきます。またダイニングの横には壁で仕切れるワークスペースをつくりました。オープンな場所で仕事するのもいいのですが、美しく保つことは実際は難しいからです。キッチンに裏の動線をつくるような工夫もしました」

一方、壁面を飾るアートピースには、日本のスタジオ「THOUSAND」によるオブジェが選ばれた。再生パルプを素材とする手づくりのオブジェは、幾何学的なモチーフであっても温もりをそなえている。その価値は、リノベーションから生まれた空間や、銘木とは違った魅力をもつ木材と通底するものだ。またこの物件は、断熱性能や省エネルギー性も重視して国内有数の認証制度への申請を済ませている。こうした要素の積み重ねが、これからの時代にふさわしい本質的なクオリティをつくっている。

カリモク家具の加藤氏は、住まいづくりを通した芦沢氏とのコラボレーションが、既存のビジネスでは得られないものをもたらしていると語る。

「僕らとしてはビジネスよりもスタディの側面が大きい。芦沢氏がどんな世界観に基づき、どんなことにこだわっているのか。家具に関することに限らず、それを吸収しながらあらためて家具に向き合っているんです。標準的な間取りの家にどう家具を配置するかだけを考えていたら、同じような答えにしか辿り着けない。でも芦沢氏と仕事をすると、家具が人を幸せにする力はまだまだ高められるんだと思えてきます」

そして芦沢氏にとっても、R100 tokyoのリノベーションは単なる仕事ではないそうだ。「今回のコンセプトルームも、本来あるべき住まいがどんなものかを目指す思いが詰まったものになりました。そして、この思いは住む人に必ず伝わる」と彼は語る。

建築家がもつ職能をはっきりと定義するのは難しい。建物を設計することが第一義には違いないが、時には問題解決力が、時にはオリジナリティが、時には人間性が重視される。プロジェクトによって、デザインする対象も都市から日用品までと幅広い。そんな中で芦沢氏は「正直さ」という揺らぎようのない信念に基づいて、人々のための空間をトータルに、一途に創造してきた。その延長線上に、望ましい社会の姿をありありと思い浮かべることができる。